農場主のおもい

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生命たちが支えあう

豊かな自然に囲まれた里山。そこにひとつの農場がある。山と空と木とどうぶつ達、
家と田んぼと畑と家畜小屋。そこでは人が忘れかけていた、いのちを支えあう暮らしが、
今も確かに営まれていた。

富山市街地を南へ、旧大沢野町から神通川を渡って小高い山を登ると、‘土’という集落にたどり着く。道沿いに積もる深い雪の中を奥に見える民家が橋本さんご夫妻のお宅だ。
‘土遊野’と名付けられたこの農場で、秀延さん、順子さんご夫妻は集落の棚田を守りながら作物をつくり、やぎやにわとりなどの家畜と可能な限りの自給自足を目指した暮らしを営んでいる。加えて、農業活動や周辺の自然環境を通じて人と自然とが触れ合う機会を、ファームステイや農業体験という形で多くの人に提供する活動も行っている。

職業としての農 生き方としての農

do hp200802 007.jpg農業に従事している多くの方が世襲であるのに対して、橋本さんはご夫妻ともに農家の出身ではない。秀延さんは東京のサラリーマン家庭、順子さんは茨城の醤油作りの旧家に生まれ育った。二人はみずから農の暮らしを志し、結婚と同時に、24年前にこの集落に移り住んだ。この場所を選んだ経緯について、秀延さんはこう語る。
「初めてここに来たのは、ここに住み始める6,7年前。僕が草刈り十字軍(*)に参加したときの宿舎が今もこの家の隣にある集落の冬季分校だった。山の棚田を見て、これはすばらしいところだと思ったよ。当時住んでいたここの家主さんがやがて山を下りて空き家になっていたので、借りて周辺の田んぼを始めたんだ。」
 その後、試行錯誤を繰り返しながら、年を重ね、やがて地区の人々とも特別栽培米の直売や有限会社の設立などに取り組んだ。会社は山間部だけでなく平野部まで農地の規模を拡大し、毎年のように続いていた赤字経営が改善された頃、二人の胸には疑問が生じ始める。「経営的なことを考えると、効率が悪くて採算が合わない山間部の田んぼは二の次になってしまう。このままだとこっちを切り捨てざるを得ないと考えたとき、もともと自分がやりたかったことに立ち返ろうと決断して、その会社を辞めたんだ。」
 順子さんが続ける。
「ここに移り住んできたとき、この棚田を開墾して守り続けてきた人々の歴史とか息遣いを風景の中に涙が出てくるくらい感じたのね。過疎という流れの中で、みんなで山を下りてしまう。この田んぼを、生きた風景として私たちが次の世代に引き継ぎたいと思ったの。」
「それまでやってきたことは、僕たちにとってはより道だったんだね。そのときやっと本道に戻ったんだ。」
 移り住んでからおよそ10年を経て振り返った原点。二人は産業や職業としての農業ではなく、生き方としての農を選んだ。そしてこれが、この土遊野農場の出発点である。

人も自然の一部であると知ること・・・

do hp200802 005.jpg写真のキャプションを入力します。土遊野での生活を順子さんはこう語った。
「自然を大切にとか、人は人と自然を別個の物として語るけれど、ここに暮らしていると人間は自然の一部だということを感じます。」
 土遊野農場では、田畑から米や野菜を、にわとりから卵や肉を、やぎから乳を、というように、自分たちの食料は自分たちで育て、またそれを販売して必要最小限の現金を得る生活を送っている。
「人間もまた、他の生物の命をいただくことで初めて生きていける。都会では、こんな当たり前のことが見えなくなってしまいます。ここで自然とともに過ごす中で、理屈ではなく実感として教えられることは本当にたくさんあるんです。」

 自然や農業からなにかを学ぼうと土遊野農場に訪れる人は多い。親子で稲作体験を希望するPTAや農場体験をしに訪れるボーイスカウト、授業の一環で命の原点を学びにくる看護学生などのほか、世界中の有機農場などで宿泊と食事の代わりに労働をするWWOOFというシステムを使って訪れる外国人もいる。そして、引きこもりや不登校など心に悩みをもった子どもたちもまた、土遊野の戸をたたく。
 かつて東京で精神衛生ソーシャルワーカーとして働いていた経験を持つ順子さんだが、
「ここには子どもたちに教える側の人間なんていません。もちろん私も何もしてあげられない。ただ、みんな自然から自分で感じ取るだけ。」と語る。
「例えば産みたての卵を手にすれば、すごい、あったかい!って感動する。子どもたちはスーパーで売られている冷たくて白い卵しか知らないから、初めて教わることなのね。それから、田植えをするときに素足で入る田んぼの温かさにもみんな驚くけど、終わった後に足を洗う用水は凍えるほどに冷たくて、同じ水を引いているはずの田んぼがどうしてこんなに暖かいんだろうと考える。そこに、太陽の力と大地の力が働いていることや、それがないと稲が実らないこと、また田んぼは稲だけでなくアメンボ、オタマジャクシ、ヒル、そんなたくさんの命を育む場所だということを自分でしっかりと感じとるんです。」
 土遊野農場の教師は、田んぼであり、家畜であり、木であり、野生動物達なのだ。
「人も含めた自然は、みんな支えあってここにあるんだということに自分で気づくんです。そこで自分をひとつの命として肯定できたと感じる、そんなことを話す子は多いですよ。」


深い雪の下で始まっているもの・・・・・

土 024.jpg外には雪深い景色が広がっている。この地に暮らすということはそんな自然の厳しさと向き合うということでもある。順子さんは言う。
「この雪もそうだけど、人間よ傲慢になるなということを日々教えてもらうのがここの暮らしだから。手を抜いたり失敗したりすれば大変なことになる怖さもあります。
 でも、と秀延さんが続けた。
「その厳しさに励まされることもあるんだ。この寒さの中で鶏舎のヒナたちが元気に生きていたり、稲の芽が出たり。そんな自然の強さから僕らもまたエネルギーをもらうんだよね。野生動物に家畜が襲われることもあるけど、あっちもこっちも必死に生きていて、それがたまにキツネの襲来という形で見えてくる。もちろん来てほしくはないんだけどね(笑)
「今が一番厳しい季節だけど、立春が近づく今頃は生まれる卵がぐんと増えるの。うちのヤギもまもなくだけど、子どもが生まれるとか、芽が出るとか、今はそういう時期です。」
 自然の一部である動物たちは、やがて来る春を当たり前のように敏感に感じとっている。
お二人ともそれを感じますか?と尋ねてみると、秀延さんは笑ってこう言った。
「実はね、内心うきうきし始めてるんだ。さぁっ、これからだ、って(笑)」